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Posted by ミリタリーブログ  at 

2009年09月30日

オサマ・ビン・ラディン Osama bin Laden

アフガニスタンを語るには、この人物を解説しないわけにはいかない。9・11テロで日本国民に初めて知られたが、諜報機関の間では、かなり前から有名な人物であった。

オサマ・ビン・ラディンは、1957年10月3日にサウジアラビアのリアドで生まれた。彼の父は、サウジ王室に密接にかかわる実業家で、彼は、その第10婦人の第一子である。

幼少期には、敬虔なイスラム教徒として育てられた。小中学生にあたる時期をイスラム世界では「エリート校」と言われるアル・サガール師範学校で学んだ。その後、王立アブドゥラジズ大学へと進み、経済および経営管理学を学んだ。一説によると、土木技術なども学んだようである。

まじめで優秀な学生であったが、3年で大学を去った。敬虔なイスラム教徒として育てられた彼は、経済よりもコーランやジハード(聖戦)の研究をしたかったのだろう。

ビン・ラディンは、イスラム法を遵守し、イスラム教の教えにのっとった社会こそが、理想の社会と考えた。その結果、汎アラブ民族主義、社会主義、共産主義、民主主義など、すべてを否定し、それらをジハードの名の下に武力で排除するという結論に至る。そんな彼にとって、イスラム教の教えに従い国を統治するアフガニスタンは、まさに「理想郷」であった。

イスラム教では、姦淫、同性愛、麻薬、利殖などを厳しく禁止している。ビン・ラディンにとって、それらが氾濫し、時に法律で保護するアメリカは、まさに「穢れ(けがれ)」であった、彼は、2002年に、同性愛を認める法律を制定したアメリカを非難する声明を発表している。

一方で、彼は、イスラム諸国がアメリカの経済力の前に「欧米化」してゆくのも許せなかった。この流れを停め、理想のイスラム社会を作るためには、「穢れ」の元締めであるアメリカをジハードにより、滅亡させるほかないと考えるようになる。

次回更新は、10月7日 「作戦前夜」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 08:13Comments(2)knowledge base(基礎知識)