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Posted by ミリタリーブログ  at 

2011年08月31日

カルザイの出廬 Karzai comes out2

カルザイとジェイスン大尉は、ヘリが待つ近くの平野まで移動した。ヘリは、いつでも飛び立てるようにローターを回転させたまま待機しており、2人が乗るとすぐに、漆黒の空へ飛び立った。
機内はヘリのローター音だけが響いていた。ジェイスンは、ヘリのシートに座ると、腕を組み、目を閉じた。カルザイも沈黙し、窓の外の漆黒の闇を眺めていた。両者は、何も話さなかった。

ジェイスン大尉の任務は、カルザイをパキスタンから連れ出すことであり、その過程でカルザイと話をすることはあっても、それ以外では、カルザイと話す必要もないし、話してもいけなかった。

「アフガン-パキスタン国境通過」。パイロットからアナウンスがあった。そのときを待っていたかのように、「ジェイスン大尉」。とカルザイがジェイスンを呼んだ。

「ジェイスン大尉。アメリカは、私をパキスタンから連れ出して、どこへ連れてゆこうとしているのだ」。カルザイの言葉は、これからを不安に思って、というよりは、アメリカの施策を聞いておこうという態度であった。ジェイスンは、単なる救出作戦の指揮官であり、今後のアフガン戦略については聞かされていない。だが、ヘリの行き先と当面の行動については知っていた。

「このまま、首都カブール近郊にある秘密キャンプに行きます。日を選んでカブールへ入城して、カルザイさんは、アフガン暫定政府の首長となり、アフガン南部の制圧を指導していただきます」。ジェイスンは答えた。

「否」、カルザイは即座に答えた。「いま、私がアメリカの援助を受けてカブールに入れば、カブールのファヒムとドスタム将軍は、タリバンと同盟するだろう」。「彼らは、アフガンの民主化や平和などにまったく関心がない。私利私欲で軍を指揮しているだけだ」。「私が首長なって、彼らが単なる武官になり、今までの権力を奪われることを知れば、私を暗殺することを考えるだろう。カブールに入城した途端、私は殺される。手段は狙撃から爆破までさまざまだ」。

「貴官の上官と直接、話がしたい」。その直後、カルザイは、懐の中から短剣を取り出し、自分の首筋に当てた。要求が通らなければ、自殺するつもりなのだろう。

「アフガンのために死ぬのは本望だ。だが犬死するくらいなら自ら命を絶つ」。ヘリの室内灯のわずか光であったが、カルザイの決死の表情は、はっきりと分かった。

ジェイスンは止む無く、カブールの司令部へ無線を繋ぐようにパイロットに指示した。すぐに、この作戦の司令官であるマンホールドランド大佐が出た。カルザイは、マンホールドランド大佐に対しても、同様の説明をした。

マ大佐は、無線の向こうでしばらく沈黙した。アメリカにとって、カルザイは貴種であり、切り札であった。アフガン人の、アフガン人による、アフガン人のためのアフガニスタンを創るうえで、必要な「コマ」である。

「カルザイさん、分かりました。貴方のアフガン入国は極秘いたします。カブール入城についても、再度、検討いたします。とりあえず、秘密キャンプまで、ケガなくお越しください」。マンホールドランド大佐は、無線を切った。
この瞬間、アフガニスタン特殊作戦の第2フェーズに入った。

次回更新は、9月7日「第5特殊作戦群の人々」です。お楽しみに。
ご意見・ご質問をお待ちしております。


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Posted by 友清仁  at 07:01Comments(2)Story(物語)

2011年08月24日

カルザイの出庵 Karzai comes out

2001年11月3日深夜、特殊作戦分遣隊574(ODA574・・・Operation Detachment Alpha)のジェイスン大尉は、パキスタン、シンド州のジャコババード地方の小道を、遠くの民家の光に向けて、懸命に走っていた。光を放つ民家の主は、アフガニスタン王族の末裔で、現在はパキスタンに亡命しているハミッド・カルザイである。

ジェイスンを照らすのは月明かりのみである。少しずつ近づいてくる民家の明かりが、ジェイスンには、アメリカでハイウェイを飛ばして、大都市に近づいているかのように思えた。

やがて民家に着いた。ジェイスンは、木製の古びたドアを叩くと、「カルザイさん、私はアメリカ陸軍大尉ジェイスン・クラフトです。あなたにお願いがあってきました。家に入れてください」。ジェイスンは、軍人らしく、用件だけを簡潔に述べた。

しばらくすると、ドアが内側から開き、室内の光がジェイソンの顔を照らした。光の中に、この家の主、ハミッド・カルザイがいた。「ようこそ、我が隠れ家へ」。カルザイは、ジェイスンを招き入れた。

ジェイスンは、家の奥に通された。奥といっても2部屋しかなく、その部屋は寝室のようだった。二人は、テーブルを挟んで着座したが、しばらく沈黙が続いた。カルザイは、額をさすりながら瞑目し、ジェイスンの出方を待っているようだった。

「カルザイさん、時間がないので用件だけ言います。今すぐ、荷物をまとめて私とともにアフガニスタンに入ってください。詳しいことは、道中のヘリの中でお話します」。ジェイスンは、再び簡潔に言った。

時間がない。まさにその通りであった。ジェイスン大尉は、夜が明ける前に、カルザイとともに、パキスタンを脱出しなければならなかったのだ。

パキスタンは、アフガンの開戦以来、アメリカ軍に国内の空港の使用と領空の通過を許していたが、パキスタン国内を自由に飛び回ってよいといっているわけではなく、許可したのは、あくまで指定する空港と航路だけである。

カルザイの隠れ家があるシンド州のジャコババード地方は、その指定航路から大きく外れており、ジェイスンは、いわば、領空、領域侵犯をしているのだ。ゆえにパキスタン国軍に見つかる前に、この地を脱出しなければならない。

それでもカルザイは、額に手に沈黙していた。ジェイスンは、足元のナイキのリュックサックに手を伸ばした。中には、ベレッタM9ピストルと80万ドルの札束が入っていた。カルザイの連行、懐柔に必要ならば使うように渡されたのだ。銃と札束、いずれを使うか、ジェイスンが考えていると、

「1700年以来、アフガニスタンには29人の王や統治者がいたが、そのうち25人は、暗殺、追放、幽閉、あるいは絞首刑になった」。カルザイは、静かに言った。「30人目のオマルやビンラディンも例外ではなかった」。

「アメリカは、私に31人目の統治者になれ、ということだろう。私はアフガンのためならば、命は惜しくない。しかし、アフガンの歴史を忘れるな」。

カルザイは英国のアクセントの完全な英語でつぶやくように言うと、ベッドの下から荷物を取り出し、雑嚢のようなものに入れ始めた。ジェイスンが、カルザイの言葉と行動を図りかね、カルザイを見ていると、「大尉、時間がないのだろう。そこで座っている場合ではないぞ」。カルザイは力強く言った。

次回更新は、8月31日「カルザイの出庵2」です。お楽しみに
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Posted by 友清仁  at 07:03Comments(0)Story(物語)

2011年08月10日

フランス特殊部隊 French SF2

今回もちょい長めです。最後までお付き合いのほどを・・後半にブラックホール戦記があります

シラク大統領から特命を受けたDGSE(対外治安総局)は慌てた。北部同盟とタリバンに影響力を持てといわれても、今までアフガニスタンやパキスタンなどの地域には、まったくといってよいほど工作員を派遣しておらず、アフガニスタン周辺にいた工作員といえば、トルクメニスタン、アゼルバイジャンおよびタジキスタン地域に基地責任者がそれぞれ1人いただけで、この責任者も3カ月おきに北部同盟と連絡を取っていただけだったからである。

この責任者の第1の仕事は、ドゥシャンベ区域のフランス国外追放者の情報の収集であったのであるから、それも仕方なかったのかもしれない。

しかしながら、シラク大統領の特命もまんざら無理難題でもなかった。なぜなら、フランスはソ連のアフガン撤退後、マスード将軍個人には、多大な援助を行っており、2001年には北部同盟をアフガンの公式政府として認め、マスード将軍をフランスに招待したほどである。(マスード将軍は、フランスには行くことはなかった)

DGSEは、現地の体制が整っていないことを大統領に報告すると、シラク大統領は不機嫌になった。DGSE幹部が、政治的な支援・支持と工作員の派遣はまったく別物であることを根気強く説明すると、シラク大統領は、ようやく機嫌を直し、ペルピニャンのCIPS(特殊空挺部隊)およびCPEOM(山岳作戦部隊)から、できるだけ多くの工作員をアフガニスタンへ派遣するように命令した。

だが、それらの人員は、アフガニスタンの山岳地帯での行動は初めてであるばかりか、現地の言葉も分からなかった。しかも彼らは軍事作戦の要員であり、情報収集や政略的な行動は苦手であった。

フランス国防省も行動を開始した。アフガンでの軍事的行動について研究・検討させるため、ランドット退役将軍と将校数名を現地に派遣した。

しかし軍事的行動の研究といっても、アフガンの政情も分からない上に、どのような行動を起こすのかも不明な状態では、検討することすらできず、結局は、DGSE工作員と同様に、北部同盟やタリバンの人脈作りしかすることがなかった。

情報を集めるべき部署に軍事行動を研究させ、軍事行動をになう部署に情報収集や政略活動を行わせる・・・。
欲に目がくらんだフランスは、統一的な行動がとれない、頭と体がバラバラに動いているようなもので、いずれの組織も効果をあげることができなかった。

そのようなちぐはぐな行動の中で、フランス工作員たちは、自分たちが行く先々にCIAがいることに気付いた。しかもCIAは、簡単に北部同盟幹部を説得し、自分達の意のままに動かしていることが不思議でならなかった。だが、その謎はすぐに解けた。CIAは、旅行カバンからドル札を無尽蔵に取り出しては、北部同盟幹部の懐にねじ込んでいたのだ。

当然のことながら、DGSEも本国に対し買収の資金を要請したが、本国からの回答は、「ノン」であった。もともとフランスは、アフガンで火事場稼ぎをするつもりであって、費用をかけるのは論外であった。

本国からの回答の後、DGSE工作員は、北部同盟幹部を接触したのだが、交渉には、持っていったGPS受信機を見せることしかできず、それだけでは、北部同盟幹部の心を動かすことはできなかった。

そのころには、アメリカはCIAだけでなくグリーンベレーもアフガン入りし、そのGPS受信機の設定も終え、大量の軍事物資の到着を待つのみになっていた。北部同盟が米仏のいずれかと手を組むかは、返答の必要もない状況であった。

以後、GDSEは為すこともなく、アメリカ軍の主導の下で進撃する北部同盟軍の後を追い、首都カブールに入城し、その状況を本国に報告したのだが、内容は、CNNやBCCのニュースとほとんど変わりなかった。

次回更新は、8月24日「カルザイの出庵」です。お楽しみに(1週間お休みを頂きます)
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Posted by 友清仁  at 07:04Comments(0)knowledge base(基礎知識)

2011年08月03日

フランス特殊部隊 French SF

2001年10月、アメリカ政府は、対テロリズム戦争に対し反対の意見を出さぬよう、できればアメリカと協働するように要請するため、ヨーロッパ諸国に交渉団を派遣した。

使節団は、さほど苦労せずに交渉を成功させ、テロリズムに手を焼いているか、国土の防衛をNATO軍に大きく依存している、ドイツ、デンマーク、ノルウェー、オーストラリア、オランダおよびニュージーランドが、公式・非公式の違いこそあれ、アフガニスタン派兵を了承し、特殊部隊準備を開始した。その中で、対フランス交渉団だけが、交渉どころか関係当局への接触すらできないでいた。

フランスが、アメリカの対テロリズムの戦争に冷淡だったのは、アメリカの報復戦争に加担することへの道義的な理由付けがないことよりも、万が一、ソ連のアフガン侵攻の様に泥沼化してしまったら、フランスの国力や国際的な発言力を失ってしまうだろうという、利己的な理由からである。

もっとも、フランスに言わせれば、過去2回の大戦で自国が戦場となり、頼りにしていた同盟国アメリカ・イギリスに裏切られた(と、フランスは思っている)経緯から、アメリカのやることに、反対、中立、無関心の態度をとるのは当たり前だと叫びたかったに違いない。

ともかく、アメリカのやることに、反対、中立、無関心でいること・・・。これこそが、フランスが過去の歴史と経験から得た、フランスを世界一の国にする「知恵」であった。

しかし、「知恵」とは、真空状態で使うべきものであり、だからこそ、その効力も大きい。「知恵」を欲に湿らせて、風にあてると、耐え難い悪臭を放ち、非常に扱いにくいばかりか、むしろ害になる。テロとの戦いが始まる1ヶ月前、フランスは、「知恵」を欲にどっぷりと漬け込んだ。

アメリカの交渉団が帰国した後、はっきりとアフガン参戦を表明した国は、ノルウェーのみであることを知ったフランスは、この戦いは、アメリカとアフガニスタンの私闘となると見た。

つまり、戦うのはアメリカ1国だけであり、いかにアメリカが大国であろうとも、長期に軍隊をアフガンに派遣することは不可能で、局地的な戦闘は起こるだろうが、大規模な通常部隊の進出はないと判断したのだ。しかしこの判断は、欲に目がくらんだといわざるを得ない。

シラク大統領は、国防省隷下の対外治安総局(Direction Générale de la Sécurité Extérieure・・・DGSE)に対し、北部同盟およびタリバン幹部と接触し、それらに影響力を持てと命じた。

次回更新は、8月10日 「フランス特殊部隊2」です。お楽しみ。
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