2011年09月28日

中央作戦軍戦略会議 CENTCOM meeting

特殊作戦研究班のケリー少佐と第5特殊作戦軍の中隊長クリス少佐は、久しぶりに会い、お互いの近況を述べ合うと、すぐに任務であるアフガニスタン戦の話に移った。

ケリー少佐は、不正規戦を戦う特殊部隊の全般的な研究をしているのだが、中東状況が緊迫すると、アフガン、イラクなどの局地的な部隊運用について研究するようになった。その最もよい教材がソ連軍のアフガニスタン侵攻で、ケリーは、ソ連軍の部隊運用を詳細に調べた。

その結果、ソ連軍は、圧倒的な空軍力、膨大な正規軍をアフガンに侵攻させたが、アフガンゲリラに負けた。アフガニスタンは、単純な軍事的バランスで解決できる地帯ではない、との結論に至った。

「ソビエトのアフガン侵攻の愚を繰り返すべきではない。手当たりしだい空爆したり、大規模な正規軍を派遣したりするのは止めた方がいい」。ケリー少佐は、持論を締めくくった。そして、引き出しから「危機対応マニュアル」と題のついた、厚ぼったい書類の束を取り出すと、クリス少佐に渡した。

「実は、ツインタワーに航空機が激突するとすぐに、中央作戦群は、主要将校を集めて対策会議を開いたんだ。それは、そのときの内容をまとめたものだ」。「しかし、その書類の量ほど、内容のある会議ではなかったよ」。ケリーは、少しあきれ顔で言った。

ケリーは続けた。
「陸軍は、アフガニスタンについて、どうゆう対応をとるかなどまったく考えていなかった。せいぜい、アフガニスタンの位置を把握していただけ、それも、海がない国だ・・・程度にね」。

「海兵隊は、アフガニスタンには海がない。これじゃ我々の出番がないね。でも行けと言われれば、我々は陸軍よりも早く現地に展開できますよ、という感じで相変わらずの調子だった」。

「空軍もバカな奴だった。空路が確保されれば、主要都市をすぐに空爆して、タリバンを降伏させることが可能だとかなんとか・・・・」

「極めつけは、海軍だった。海のない国の作戦に、何で海軍が必要なんだ?」。
クリスは、ページをめくって、対応マニュアルを見ている。

「最後に、特殊作戦研究班の、不正規戦こそがアフガニスタンの戦局に必要で、ソ連軍を撃退したアフガンゲリラとまったく同じ戦法をタリバン・アルカイダに使うことを説明した」。ケリーは、クリスの背後に回り、言った。

「奴らの反応は?」、クリスがたずねると、「何もいえなかったさ。中央作戦群の中に不正規戦について知っている奴は1人もいなかった」。

「つまり、彼らは、世界一貧しい国の、何にもない砂漠を爆撃して、大規模軍を進駐させれば、アフガンの人々は驚いて降伏すると思っているのさ。しかし本当の敵は、山岳地帯の洞穴にいるのにな」。ケリーは再び呆れ顔になった。

その後、2人は、明日の会議のためのアフガンにおける特殊部隊の運用作戦について話し合った。特殊部隊・不正規戦を熟知している2人である。レポートはすぐにまとまった。クリスは、そのレポートを、マンホールランド大佐にメールした。

翌日、フロリダ州のタンパの中央特殊作戦軍司令部の会議室には、各方面から多くの高級将校が集まった。この会議室に、星の数がいくつあるか分からないくらい、文字通り、綺羅星のごとくである。

中央作戦軍総司令官である、トミー・フランクス大将が上座に着座すると、会議が始まった。

陸・海・空および海兵隊の代表者が意見を述べるだけでなく、中央作戦軍の作戦・情報参謀なども作戦について説明したが、内容は、先に開かれた「対策会議」となんら変わらなかった。マルホールランド大佐も、クリス、ケリー両少佐のレポートを読み上げたが、その座の誰も特別な反応を示さなかった。

もっとも、アフガニスタンまでの陸路や空路が、「政治的」に確保されない以上、所詮、絵に描いた餅であり、これは仕方がなかった。

これ以上の会議は無駄と思ったのか、フランクス大将は、「各担当者は、各持ち場で、臨戦態勢を整えておくように」、と言い、会議を閉じた直後である。作戦軍の副官が、フランクスの耳元でささやいた。すぐにフランクスの表情が変わり、「第5特殊作戦軍、マルホールドランド大佐、すぐに副官を連れて、私の控え室に来るように」、と言った。

次回更新は、10月5日「ODA574」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 06:56Comments(0)Story(物語)

2011年09月21日

ピーター・シューメーカー Peter Schoomaker

ピーター・J・シューメーカー(Peter J. Schoomaker)は、1997年に就任した特殊作戦軍(SOCOM)司令官を最後に2000年11月に退役したが、2003年8月に参謀総長に復職。2007年2月まで務めた。一度退役した軍人がこうした役職に指名されるのは、1962年にケネディ大統領がマックスウェル・テイラー退役陸軍大将を統合参謀本部議長に指名して以来のことで、極めて異例である。

ピーター・シューメーカーは、1946年2月12日、ミシガン州で生まれた。彼の家系は、代々軍人一家である。1969年にワイオミング大学を卒業し、教育理学士の資格を取得した。その後、ミシガン中央大学で文学修士、ハンプデン=シドニー大学で法律博士の資格を取得する。学生時代は、フットボールの選手であった。

ワイオミング大学で、ROTC(Reserve Officers' Training Corps・・・予備役将校訓練)を修了していたため、陸軍に入るとすぐに少尉に任官し、フォートノック機甲学校へ進んだ。

彼の軍歴は、第4師団第2大隊司令部付少尉から始まり、ドイツで第2機甲連隊第1分隊隊長、韓国で第2師団第73機甲連隊第1大隊指揮官などを務めた。この間に参加した戦いで有名なものだけでも、イーグルクロウ作戦(1980年・・イラン)、アージェント・フリー作戦(1983年・・グレナダ)、ジャストコーズ作戦(1989年・・パナマ)、砂漠の盾作戦/砂漠の嵐(1990年・・イラク・クウェート)などがあり、このほかにも、ハイチの民主化支援などの秘密作戦などがある。

湾岸戦争が終結すると、シューメーカーは、フォートレヴェンワース(カンザス州)の陸軍参謀大学へ進み、将官に進級した。将官としての最初の配属先は、ドイツの第2機甲師団第2旅団の副旅団長であった。その後、フォートフラッグ(ノースカロライナ州)に戻り、統合軍特殊作戦司令部の特殊作戦司令官に就く。1985年から88年まで、第1特殊作戦分遣隊、いわゆるデルタ・フォースの司令官を務める。その後、第1騎兵補給連隊長、師団参謀総長などを経て、陸軍人事部へ移り、即応機械化兵団副師団長となる。

それらの職務を終えると、94年に統合軍特殊作戦司令部指令になった。9.11テロが起こったときは、シューメーカーは、指揮下の特殊作戦軍を派遣し、アルカイダと戦うことを進言したが採用されず、定年を迎え予備役となった。

現役を引退したシューメーカーは、EWAガバメントシステム社、CAEアメリカ社の取締役となり、軍事・防衛問題のコンサルタント、人材開発に努めた。通常はこのまま年をとり、軍事・財界から姿を消すのだが、運命とは分からないものである。

イラク戦争における運用兵力の規模を巡って「イラクの戦後処理には「数十万人」の米軍部隊が必要」との見解を述べたエリック・シンセキ参謀総長が、ラムズフェルドと対立し、更迭・退役させられると、第35代参謀総長として現役復帰することとなる。

次回更新は、9月28日 「中央作戦軍戦略会議」です。お楽しみに。


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Posted by 友清仁  at 06:58Comments(0)knowledge base(基礎知識)

2011年09月14日

第5特殊作戦群の人々 Men in 5th SFG 2

マルホールランド大佐から、一足先にフロリダ州のタンパにある、中央特殊作戦軍司令部に入るように指示されたクリス・ミラー少佐は、その日のうちに、空軍のタンパ行きの定期貨物輸送機に飛び乗った。

司令部付の佐官ともなれば、専用機を要請して移動することもできるのだが、長年、戦場を渡り歩いてきたミラー少佐は、高級将校用の「豪華で快適な」専用機よりも、輸送機の「堅い」シートの方が好きだった。

翌朝、ミラー少佐は、タンパの中央作戦軍司令部に入った。輸送機から降りるとすぐに、マルホールドランドから連絡を受けた曹長が、ミラーに許可証とパスワードを手渡し、「こちらへどうぞ」。と案内した。

司令部の正面入り口を過ぎると、その後は、嫌というぐらい許可証の提示とパスワードの入力が求められた。やがて、ミラーは、特殊作戦研究班のケリー少佐の部屋の前にたどり着いた。

ミラー少佐が部屋に入ると、特殊作戦研究班主席のロバート・ケリー少佐は、難しそうな顔をして、コンピュータのスクリーンを見ていたが、ミラーがドアのそばに立っていることに気付くと、「クリス!どうやってここまで入ってきた?」。と驚きを隠せずに言った。「警備兵をぶっ飛ばして、暗号を解読してきたのさ」、ミラーは答えた。

ミラー少佐と同期のケリー少佐は、士官学校を修了すると、5年ほど部隊勤務をした後、不正規戦を行う特殊部隊の研究部門に配属され、以来ずっと研究畑にいた。マルホールランド大佐と同じ、「文官」的軍人で、軍幹部が疑問視していた不正規戦を行う特殊部隊の重要性を説き、その創設に携わった。

ケリー少佐の「不正規戦特殊部隊」とは、冷戦終結後の地域紛争には、従来の正規軍では対応できない。限定された戦場で、限定された戦力で戦う必要があり、それを可能とする部隊である。

しかし、不正規戦を行う特殊部隊の創設に至る道は、決して平坦なものではなかった。つまり、すでにグリーンベレーという特殊部隊があるうえで、不正規戦に特化した特殊部隊を作るという、ケリー少佐の主張は、軍幹部にはなかなか理解してもらえなかった。

軍幹部は、不正規戦特殊部隊の予算は特殊部隊予算の中から捻出するものとし、特別の予算をつけてくれなかった。ケリー少佐は予算獲得のため、特殊部隊幹部を説得した。

しかし、ケリーの説明を受けたある幹部の反応は、「軍人が外国の文化や言葉を学んでどうする?君は特殊部隊をカルチャーセンターにするつもりか?そんなものに予算をつけるなら、野砲の1門でも買った方が、よっぽど戦闘を有利に進められると思わんかね?」

特殊部隊幹部の中には、ケリー少佐に戦場経験がないことを理由に、「笑止」として話すら聞かない者もいたが、当時、特殊部隊すべてを統括していた特殊作戦軍指令ピーター・シューメーカー(Peter J. Schoomaker)大将は、ケリー少佐を自室に呼んで、

「君の主張は間違っていない。不正規戦は目に見える戦いではない。不正規戦用の特殊部隊を養成するのは、たとえば、車を絶えず最高の状態にメンテナンスしておくことに似て、特殊部隊のスキルを衰えさせないために絶対に必要だ」。と言った。以後、陰ながらケリー少佐の力になってくれた。

それ以後も、さまざまな障害や妨害があったものの、2000年に特殊作戦軍が創設された。今回の同時多発テロこそが、自分の主張の正当性を裏付ける最高の機会だと、ロバート・ケリー少佐は考えていた。


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Posted by 友清仁  at 06:59Comments(0)Story(物語)

2011年09月07日

第5特殊作戦群の人々 Men in 5th SFG

時計の針を、2ヶ月ほど戻す。
カルザイ脱出作戦の2ヶ月前の9月14日、ジェイスン大尉は、カザフスタンのアルマトイのホテルの一室で、同僚のダン・ペティソリー大尉を待っていた。このホテルは、カザフスタンでは高級ホテルの部類に入るそうだが、部屋の調度品といえば、安っぽいテーブルとベッド、そして大きな鏡があるだけだった。

アメリカのホテルならば、質素すぎるこの部屋が・・・・ジェイスンには、士官用の個室にしか見えないが・・・、高級な部屋であることに、装飾美より機能美を愛する、軍人のジェイスンには、快適だった。

やがて、ペティソリーが部屋に入ってきた。ペティソリーは、ジーンズにTシャツ、そしてレッドソックスの野球帽という、どう見ても旅行者か、商用に来ているバイヤーにしか見えなかった。ジェイスンも似たような格好である。

「本国の司令部から、何か指示があったか」。ジェイスンが聞くと、「情報収集に努めよ、とのことだ」。ペティソリーは、力なく答えた。「カザフに来て1年・・・。我々の仕事といえば、情報収集だけ。3日前にツインタワーが攻撃されたというのに、なんの指示も情報もない」。ジェイスンは、壁の鏡に向かってパンチするまねをした。

ここで何もせずに無駄に過ごしている間にも、ビンラディンは、アフガニスタンの洞窟で、どんどん強くなっていると思うと、ジェイスンは、無力感に襲われた。

すでにアフガニスタンに対する作戦が発動されているとの噂だが、2人の所属するODA574には、何も命令が届いていない。「とにかく、俺たちの任務は、ソ連退役軍人、アシモフ大佐とメシを食うことだ」。ペティソリー大尉は、そう言うと、部屋を出た。

2人が定期的にメシを食う、ソ連退役軍人アシモフ大佐は、ソ連のアフガン侵攻時には、ソ連軍空挺部隊の大尉で、ソ連崩壊後、カザフスタン国軍に編入され、現在は、カザフ軍空挺連隊の予備役大佐である。アフガンのゲリラ戦術に詳しいと見込んでジェイスンたちは接触しているわけだが、たいした人物ではなかった。

毎回の食事会では、ひたすら自分の武勇伝を語るだけで、特殊部隊の2人には学ぶところなどなく、むしろ同業者の自慢話ほど、うんざりするものはなかった。しかし、これが当時の中央作戦軍の「最前線」部隊の任務であった。当時の中央作戦軍の諜報能力は、この程度のものであった。


その日、クリス・ミラー少佐は、ケンタッキー州のキャンベル基地の第5特殊作戦軍の司令部にいて、第5作戦軍司令官、マンホールドランド大佐の部屋へ向かっていた。

2001年、アメリカ軍は7個の特殊作戦軍を創設し、第5特殊作戦軍は、そのうちの1つである。編成は、大尉を隊長とする6個の小隊が1個中隊とし、司令官は少佐である。その中隊が3個集まって大隊を編成する。司令官は中佐である。さらに大隊が3個集まって特殊作戦軍となり、大佐が司令官となるように編成されていた。

クリス少佐は、士官学校を修了するとすぐに、幹部レンジャー課程に進み、そのままグリーンベレーに配属された。そのままずっと特殊部隊畑を歩き、湾岸戦争や南米の麻薬シンジケート撲滅作戦に参加し、現在は第5特殊作戦軍の中隊長になっていた。今回も、自らアフガンにパラシュート降下し、部隊を直接指揮して、ビンラディンを逮捕するつもりでいた。

ミラーは、マンホールドランド大佐の部屋のドアに到着すると、ノックをした。中からは、「入れ」とだけ返事があった。部屋に入るとすぐに、「ミラー少佐、忙しいところをすまん。知ってのとおり、3日前にツインタワーにテロ攻撃があった。大統領は、即座に報復攻撃を行うことを決定し、軍やCIAなどに作戦要綱を提出するように命令された」。

マンホールドランド大佐は、椅子に大きく寄りかかりながら、ため息をついた。明らかに苦慮の顔である。マ大佐は、ミラーとは正反対のキャリア、つまり、軍政(人事・予算)畑をずっと歩いてきた人で、作戦立案や部隊指揮の経験もほとんどなかった。現在の特殊作戦軍司令のポストも腰掛けで、しばらくすれば、陸軍幕僚大学へ進み、将官に進級して、軍監査部長か何かになり、国防総省で勤務するつもりでいた。

「大統領に提出する作戦要綱を作るにあたり、フロリダのタンパでSOCCENT(中央軍特殊作戦司令部)が発足し、月曜日に全体会議が開かれることとなった。そこで提出する資料を急いで作成してもらいたい。もちろん、君は、私のオブザーバーとして会議に出席する。以上だ」。マ大佐は、椅子をくるりと回転させ、ミラーに背を向けた。ミラー少佐が部屋を出ようとすると、

「たしか君は、タンパにある特殊作戦研究班のケリー少佐とは同期だったな。中央軍特殊作戦司令部に自由に入れるように手配しておくから、一足先に現地に入って、ケリー少佐の意見も聞いておいてくれ」。

部下の経歴を諳んじているあたりが、軍政畑を歩いてきた将校らしいとミラー少佐は思いつつ、部屋を出た。

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Posted by 友清仁  at 07:03Comments(6)Story(物語)