2012年05月30日

B-52

B-52とは、ボーイング社が開発した戦略爆撃機であり、愛称はストラトフォートレス(Stratofortress:成層圏の要塞)である。

アメリカ軍は、第二次大戦が集結直後から、大規模空爆、すなわち戦略爆撃の効果と重要性を認識し、時速500km、航続距離8,000kmを超える大型爆撃機の開発を開始していた。

1946年には、ボーイング社がターボプロップエンジンを6基搭載した試作機(モデル462)をアメリカ軍に提出し、本格的な開発が始まった。

その後も核兵器運用能力や空中給油能力などの改良が加えられ、さらに、1948年にはターボプロップエンジンから後退翼とジェットエンジンを装備したモデルに変更され、現在のB-52の原型ができあがった。

1950年代には、コンベア社とボーイング社との間で、B-52の開発競争が起こった。ボーイング社の機体は、ゼロから開発し非常にコストがかかることに着目したコンベア社は、既存の機体の部品を流用するYB-60を提案した。

しかしながら、爆弾積載量以外でボーイング社の機体を超えることができず、結局はボーイング社の機体が次期戦略爆撃機として採用されることになった。

冷戦期のB-52は、戦略パトロール任務(airborne alert duty)に着き、B-52は、ソ連周囲を遊弋し、核戦争の際に先制攻撃や報復攻撃を即時行えるように待機していた。そのために、大量のB-52が生産され、最大で744機が製造され実戦配備についた。

冷戦期には、大陸間弾道ミサイル、戦略原潜とともに、戦略爆撃機として十分な抑止力を発揮したB-52であったが、冷戦終結後に結ばれた第一次戦略兵器削減条約(START I)により365機のB-52が廃棄され、1991年にB-52は戦略航空軍団において24時間の警戒態勢を解除された。

その一方で、B-52は通常爆弾や通常弾頭ミサイルを搭載して多くの実戦に参加している。ベトナム戦争では、「ローリング・サンダー作戦」、「ラインバッカー I作戦」などに投入され、特に、ラインバッカー II作戦では、150機のB-52による夜間絨毯爆撃でハノイやハイフォンを焼け野原にした。

湾岸戦争では、ディエゴガルシア島を基地にして、無誘導爆弾のみならず巡航ミサイルも使用し、35基のAGM-86C CALCMを発射し、作戦に貢献した。

その後、開発されたGPS/INS誘導爆弾 (Joint Direct Attack Munition) を搭載することにより精密爆撃が可能となり、2001年のアフガニスタン侵攻および2003年のイラク戦争でもJDAMを使用して爆撃を行った。

この活躍により、滞空時間が長く多量の爆弾を搭載できるB-52爆撃機の存在は高い評価を受けることとなった。

B-52は2012年現在、初期型の配備からすでに60年以上が経過している。適宜、大幅な改良を受けたとはいえ、これほどの長寿は爆撃機として極めて異例であり、アメリカ軍もここまで長い運用は考えていなかったに違いない。

もちろん、後継機の開発はすすめられていたが、最終的にB-52を完全に代替するものではなかったようである。

例えば、B-58やXB-58などの超音速爆撃機は、速力でB-52をはるかに上回ったが「高高度を高速で飛行し、敵の防空網を突破する」という戦略爆撃機の基本戦術が、対空ミサイルの発達により事実上不可能になったため、その存在価値が失われ、試作機のみで終わった。

その後、ステルス能力を備えたB-1、B-2などが開発されたが、アメリカ軍の高度な総合的な航空戦力の運用能力(戦闘機、大型輸送機および空母)のおかげで、「多種多様な兵器を、大量に搭載し遠方に投下する」性能については、B-52で充足しており、本格的な更新には至っていない。

現在使用されているB-52は、最終量産型であるH型、71機だが、アメリカ空軍は今後も延命措置などを行い現役に留める予定である。当面は2045年までの予定とされるが、さらに延長される可能性もある。

B-52のパイロット全員が「B-52よりも年下」である。今後は、「親子2代でB-52に乗っている」ということも珍しくなくなるかもしれない。


次回更新は、6月6日 「掃討戦」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 07:01Comments(0)knowledge base(基礎知識)

2012年05月23日

掃討戦 extermination2

12月5日早朝、ティモシー・クロスビー空軍中佐は、戦略爆撃機B52ストラトフォートレス(Stratofortress:成層圏の要塞)の操縦桿を握り、インド洋に浮かぶディエゴ・ガルシア基地から発進した。

B52は、全長48メートル、全幅56メートルという、その巨大な機体のため、急上昇ができない。離陸後、ゆっくりと旋回しなから、高度1万2000メートルまで上昇させなければならない。

B52には、クロスビー中佐のほかに副操縦士、航空ナビゲーター、レーダー要員、そして電子戦曹長が搭乗していた。クロスビーは、彼らと長く時間を共有しており、もはや家族同然であった。

「アフガニスタン上空の到着予定時刻は、12時ちょうどです。当地の天候は晴れ。気流も安定しているようです」。副操縦士のハリス大尉が報告した。

アフガニスタン戦争が始まって以来、インド洋のディエゴ・ガルシア基地には、10機のB52とB1、B2爆撃機が若干数配備され、それらが毎日のように基地を発進していた。

この飛行部隊の任務は、アフガニスタンの地上部隊に兵器や食料を投下し、間接的に地上部隊を支援することである。クロスビー飛行隊は、配備されてから、わずか2ヶ月足らずだが、すでに12回も出撃し、今回が13回目の出撃であった。

「今回、投下するのは、珍しく爆弾なんだな」。クロスビーがつぶやいた。いままで、食料や反戦ビラばかりで、さほど重量がなかったのだが、今回は30トン近い爆弾である。機体を操る操縦桿が重い感触であった。

「やっと我々の本来の任務です。我々は戦略爆撃機ですからね。爆弾を落とすのが仕事で、ビラなんかは、AC130がやるべきです」。ハリスは息を弾ませて言った。

「あんまり気負うなよ。マンハッタンの1区画に落とすならまだしも、アフガンの砂漠に落とすんだ。さして難しくない退屈な任務だ」。クロスビーはぼやいた。
そんな会話をいくつか繰り返した後、B-52は、アフガニスタンへ向け機首を北へ向けた。


次回更新は、5月30日「B-52ストラトフォートレス」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(0)Story(物語)

2012年05月16日

掃討戦 extermination

時間を少し戻す。
タリン・コット攻撃軍のタリバン司令官のラービフは、懸命に暗闇を駆けていた。おそらくあのミサイルは、車両のエンジンの熱源を追跡しているのだろう。ともかく、空爆の現場から1mでも遠くに逃げなければ、あの業火に焼かれてしまう・・。

月明かりさえない新月の夜である。逃げる途中、何度も岩につまずき、崖から落ちた。顔は傷だらけになり、体中をあちこち打ちつけて痛かった。

ラービフが部下を棄てて、一目散に逃げる理由はもう1つある。タリバン軍は近代的な軍隊ではなく、部族の集まりである。従って部族の長が死んでしまうと、その軍隊には攻撃意思がなくなり、雲散霧消してしまうのだ。タリバン軍を存続させるには、どんなことがあっても、ラービフは生き残らねばならない。

1時間ほど山中を走り抜け、ようやく当初の攻撃指揮所としていた、小高い丘の洞穴まで到着した。従う兵士は、わずか2名ほどであった。タリン・コットの方角を見ると、空爆を受け炎上している車列の炎が、あたかも赤い壁のように見えた。

タリバン軍はほぼ全滅したかのように思えたが、丘の洞穴にラービフが生きていることが知れると、生き残った兵士が次第に集まってきた。その数は50名ほどに減っていたが、ラービフは、再戦の意思を捨てようとは思わなかった。


一方、ODA574のいるタリン・コットである。カブールの秘密基地から大量の物資と補充人員がやってきた。追加人員には、メディックのデニス・ピケット2等軍曹と空軍TTC、ジム・プライス3等軍曹、そして特殊作戦軍のフォックス・マーティン少佐がやってきた。

ODA574の先任将校は、クリス少佐である。クリスもタリン・コットに応援に来たからには、カブールには戻らず、そのままカンダハル攻略の指揮を取るつもりでいた。もちろん、指揮だけではなく銃を取って戦うつもりである。

しかしマルホールドランド大佐が帰還するように執拗に無電を打ってきて、それも、のらりくらりとかわしていたのだが、ついに、「帰還しなければ、抗命罪で軍法会議にかける」という、マ大佐の脅しに、クリスはやむなくカブールに帰還した。その代わりにフォックス少佐が派遣されてきたのだ。

フォックス少佐は、はじめは第101空挺師団に所属し、その後グリーンベレーに進んだ歴戦の猛者である。今回は、古巣の101空挺部隊の先遣隊のオブザーバとしてアフガンに来たのだが、人手不足の中央作戦軍に急遽編入され、ODA574の指揮を取ることとなった。

空軍CCTのジム・プライス軍曹は、ODAの仲間への挨拶もそこそこに、援助物資として届いた最新式のGPSのセッティングに忙しかった。

このGPSは、「ヴァイパー」と呼ばれ、当時のアメリカ軍では最新鋭のもので、ODA574のCCT、ダン、ウェス、アレックス、そして新しく派遣されてきたジムですら、初めて見るものだった。

4人はマニュアルを片手に操作を試み、とりあえず初期設定を終え、座標入力まではできるようになったが、細かい操作まではわからないままだった。
「まぁ、なんとかなるだろう」。4人はそう言って、物資の荷解きなどの別の作業に取り掛かった。

この時、すでに戦場の悪魔がODA574にそっと忍び寄り、邪悪な笛の音を奏でていたのかもしれない。


次回更新は、5月23日「掃討戦」と言いたいところですが、多分「ハートロック」関連の記事になると思います。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(0)Story(物語)

2012年05月09日

カンダハル Kandahar

カンダハル(Kandahar、Candahar、Qandahar)は、標高1005mのアフガニスタン南部に位置し、2011年時点で、51万人の人口を擁するアフガニスタン第2の都市である。

都市の西部には、アフガニスタンの数少ない河川であるアルガンダーブ川が流れている。古来より、この街にはパシュトゥーン人が多くすみ、政権や最大勢力を持っていたため、パシュトゥーン人の文化が街のあちこちに見ることができる。

カンダハルには、この国で唯一の国際空港がある。主な航路はインド行きである。主要な道路が四方に伸び、西へ行くとファラーおよびヘラート、ガズニがあり、東北へ向かうとカブール、北へ進むとタリン・コット、南にはクエッタがあり、まさに交通の要衝である。

主な産業は、農業や牧畜であり、都市周辺には、ザクロおよびブドウ畑が広がり、都市では、それらを乾燥させて商品にしている。穀物や果実、タバコだけでなく、羊、羊毛、木綿、絹、フェルトなどが生産され、同時に、それらが大きく取引される商業都市でもある。

カンダハルの地名が歴史上に現れるのは、紀元前4世紀ごろで、アレキサンダー大王の遠征時の記録である。その後、数百年に渡り、多くの南・西・中央アジア国々が、この都市をめぐって抗争を繰り返した。古代、中世の歴史は割愛する。

1709年、ミルワイス・ホタクが、この地に王朝を開き、カンダハルの原型を作った。次いで、ハミド・ドゥッラーニが、現在のカンダハルの形に整え、アフガニスタンの首都とした。

1978年の共産勢力による革命が起こると、カンダハルは、パキスタンに拠点を置くハッカーニやアルカイダなどの活動拠点となった。

(冷戦期はCIAがそれらの組織を支援していたが、ソ連のアフガン撤退後は、タリバン政権およびパキスタン三軍統合情報部の支援を受けていた。注目すべきは、アルカイダでさえ、冷戦期には、CIAの支援を受けていたことである)

1994年後半から2001年までタリバン政権の中心地であった。2001年末、アメリカ軍の攻撃により陥落し、ハミド・カルザイの勢力に降伏した。


次回更新は、5月16日「掃討戦」です。お楽しみに。
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