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Posted by ミリタリーブログ  at 

2013年03月20日

アボタバード Abbottabad 2

乞食は、箱車を漕ぎながら考えていた。アボタバードに陸軍の士官学校があること、もちろん、その位置も頭に入っている。考えているのは、地元のワシームですら、最近、街に軍人が多いと感じていることである。

士官学校の学生が、休日に街をふらついているのは、珍しいことではない。そうではなく、自動小銃を抱え、ピックアップトラックに乗っている5、6人の、街を警戒している小集団がやたらと目に付くのである。

「何かある・・・」。乞食は考えている。おそらく、その小集団は、士官学校から出てくるのだろう。いったい何者なのか、確認せねばならない・・・・


この乞食・・・・。実は、アラブ人でもなければ、イスラム教徒でもなく、もちろん、ムジャヒィディンでもない。名をチャーリー・ベッカーといい、元グリーンベレー上級曹長である。

今から6年前、ベッカーは、アフガンのカブール近郊の秘密基地に勤務し、あちこちに点在するアルカイダの拠点をクリアリングする任務に就いていた。

その日も、いつもと変わることなく、ブラックホークに乗り、仲間と共に、ある村のクリアリングに向かった。ブラックホークが村に接近すると、アルカイダ兵士は、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまう。この頃になると、アルカイダ兵士は、アメリカ軍の強さを嫌というほど知り、戦闘などほとんど起きることがなかった。

ヘリが着陸すると、ヘリから飲料水・食料の貨物を下ろす。同時に、それらの配給が始まる旨をブラックホークのスピーカーで村人に伝える。隊員の何名かが、村人に列を作るように指示し、村人はそれに従う。村人総出で物資を受け取りに来る。いつもと同じ光景であった。

それを横目に、ベッカー達は、留守となった村の建物のクリアリリングを開始する。村人もそれを心得ているようで、家に勝手に入っても何も言わない。

いつもと同じ・・・。油断していたと言わざるを得ない。ベッカーは今でも思う。2軒のクリアリングを終え、3軒目に入った時である。何か不自然な感じがしたのだが、そのまま建物に入った。ドンッという音がして、後頭部を思い切り壁に打ち付けたかと思うと、そこから記憶がなかった。

次に目が覚めたのは、カンダハル国際空港で、本国へ向け飛び立とうするAC130の機内であった。喉が渇いていたので、水を一口もらった時、すべてを悟った。太ももから下の感覚がなく、左手も、親指以外、全てなくなっていた。


ベッカーは、本国に送還され、高度な医療を受け、リハビリ生活に入った。傷痍軍人として、国から恩給と地方政府の障害者手当を受け取り、さらに、退役軍人会からも慰労金が入り、このまま、静かに余生を送ると、周囲の者は皆そう思った。

ベッカーは、国から恩給や障害者手当をもらうことには何の抵抗もなかったが、退役軍人会からの慰労金だけは、我慢ならなかった。慰労金が支払われる条件として、哀れな傷痍軍人として、全米のあちこちをまわり、寄付金を集める「マスコット」にならなければいけなかったのである。

「バカになるな。気持ちを倦ませるな」。ベッカーの生活信条である。ベッカーは、マスコットの仕事を断り、リハビリを受けながら、アラブ圏の言葉の学習に没頭した。4年間の学習の末、ウルドゥ語とパシュト語がネイティブに近いくらいまで上達した。

2009年1月、彼は、その語学力を買われて、グアンタナモ収容所でアルカイダの捕虜尋問を行なっていた。この仕事を、ベッカーは、うまくやった。アルカイダやタリバンの兵士から、様々な情報を聞き出し、その情報を元に、さらに大幹部の逮捕に繋がることもあった。

そのような活動を通じて、あるとき、CIAがアボタバードで情報を集める工作員を必要としていることを知り、彼は単身で乗り込むことを志願した。

2010年某月某日。チャーリー・ベッカーは、単身、アフガニスタンのバグラム空軍基地に降り立った。基地のCIA秘密作戦部長への挨拶もそこそこに、空軍基地の一角に、ダンボールで作った小屋を「キャンプX」と名づけ、アメリカで使っていた松葉杖や義足をしまい込むと、カブールのマーケットで買った箱車で基地内を移動するようになった。

食事も、基地内の食堂には行かず、ヒラマメ・シチューとライ麦パン、そして貧しいパキスタン人だけが飲む甘いお茶で過ごした。

この甘いお茶を、アボタバードでは、ザムザム茶というらしいのだが、飲み始めたとき、ベッカーは、1日12回もトイレに行き、1回のトイレが12分かかったほどであった。シャワーも浴びず、着替えもしなかった。そんな生活を、驚くべきことだが、ベッカーは、1年間も続けた。

ちょうど1年経ったとき、2週間ほど前にバクラムにやってきた情報将校が、ベッカーを見て、「汚い乞食め!とっとと失せろ!」と英語で怒鳴ったのを聞いたとき、アボタバードへ潜入する時が来たと、ベッカーは確信した。


次回更新は、3月27日「アボタバード」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(2)Story(物語)