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Posted by ミリタリーブログ  at 

2013年04月24日

アボタバード Abbottabad 6

パキスタンの片田舎の「チャルサダ」から発信された衛星電話のことである。実は、チャルサダから発信されたのは、1ヶ月前が初めてではない。CIAが傍受したところによると、チャルサダやその付近の位置から、頻繁に発信されていた。

通信手段が限られているパキスタンでは、ある一定の階層の金持ちは、ほとんどの者が衛星携帯電話を持っている。チャルサダという田舎から発信されたからといって、即座にアルカイダのものとは断定できない。チャルサダに大農園を持つ地主の衛星電話である可能性も捨てきれない。

イスラマバードの大使館に詰めるCIAは、パキスタンの衛星電話の所有者と、チャルサダの発信の関係を徹底的に調査した。すると、これらの発信に、ある共通項があることが、調査で分かった。

1つは、すべての通話が15秒以内であること。この時点では、通話内容まで傍受できていないが、おそらく15秒以内では、発信者は、相手の応答など答えずに、一方的に話しているだけだろう。

そして、もう1つの共通項、これが重要であった。この衛星電話が発信の際に使っているSIMカードのメーカーが、スイス・コムというヨーロッパの会社のものであったことである。

このスイス・コムのSIMカードは、プリペイド式のSIMカードであり、アルカイダのメンバーが多用している。例えば、9.11テロの際も、この会社のカードを使った通信が頻繁に行われたのである。

アルカイダの中堅クラスの幹部は、プリペイド式のカードであれば、足がつかないと持っているのか、9.11テロやその後のアフガン戦争中も、頻繁に通信し、その通信から、彼らを芋づる式に捕まえることができた。

もちろん、アルカイダ幹部が、プリペイド式SIMカードを直接購入しているわけではなく、いくつものブローカーや個人を経由している。しかし、どんなに入手経路を複雑にしようとも、SIMのIDが判明していれば、世界中のどこから通信しても、位置がすぐに「特定」できる。

イスラマバードのCIAは、さらに調査を進めた。結果は、パキスタンで契約・運用されている衛星電話で、スイス・コムのSIMカードを使っているものはないということがわかった。つまり、チャルサダで発信された衛星電話は、パキスタン国外から持ち込まれたのだ。

CIAは、直ちに、スイス・コム社に圧力をかけ、チャルサダの衛星電話のIDを入手した。CIAは、アルカイダが使っているSIMカードのIDを、ほぼ全て把握し、彼らに自由に通信させ、「泳がせて」いる。すぐに、それらのIDと入手したIDとを照会したところ、全く新しいIDであることが判明した。

この結果を元に、CIAでは、見解が2つに割れた。1つは、新たなアルカイダ幹部の衛星電話であること。もう1つは、全くの他人で、単なる偶然の一致であるという意見である。

2つの意見の根拠と、意外なことであるが、確信が持てない理由は同じものであった。それは、1ヶ月前の通信を最後に、その後、そのIDから発信された形跡がないことである。アルカイダ幹部が、追跡を警戒して使用をやめたのか、それとも、単に有効期限が切れただけなのか・・・・

衛星電話の追跡も行き詰まり、そして、弟のタレクの行方も、依然として分からない。


次回更新は、5月8日「アボタバード」です。1週お休みをいただきます。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(0)Story(物語)

2013年04月17日

アボタバード Abbottabad 5

チャーリーは、市場でデマ情報を流し続けた。同じことを言い続けても、飽きられるだけなので、少しずつ、脚色していった。
「塀の中には、プールがあって、毎日、子供が泳いでいる」、「庭には、純金できた銅像が立っている」。

何と言っても、デマ情報である。どんなに大きなことを言っても問題はないし、話が大げさになればなるほど、広範囲に知られ、間違いを訂正する者も現れるだろう。それが正しい情報である。

町外れの屋敷が怪しいことは、セイフ・ハウスにいるCIAスタッフにも報告され、CIAは、直ちに屋敷の近くに監視小屋を建て、24時間体制で監視を続けている。しかし、目立った動きはなかった。

そんなことをして、1週間ほど経過した。チャーリーは、いつものように、人通りの多い通りに出て、物乞いをしていると、市場で野菜を売っている老人が、チャーリーに話しかけてきた。
「お前は、あの屋敷の主を、イスラマバードから来たと言っているが、それは間違っている」。

老人によると、1ヶ月ほど前、その屋敷に、トヨタのピックアップトラックが横付けされ、数人の男が屋敷から出てきて、多くの荷物が下ろされた。珍しいことなので、老人が、畑仕事の手を休めて、その光景を眺めていると、厳しい顔をしたリーダー格の男が歩み寄り、「爺さん、何を見てるんだ?」と尋ねた。

老人からすれば、特に目的があるわけではない。その光景が珍しいだけで、何の警戒心もない。
「引越しかい?」。老人は、呑気に返した。

その呑気さに、男もハッと我に返ったようで、すぐに頬を緩ませて、
「ああ、引越しだ。俺の名はタレクだ。チャルサダから来た。兄貴のアシェットの屋敷でしばらく厄介になる。爺さんも、よろしく頼む」。
そう言うと、ポケットからいくらかの金を出し、老人に与えたという。

「どんな奴だったんだい?」、チャーリーは尋ねた。老人は続けて、男は40代半ば、身長は170センチくらい、口ひげ以外はキレイに剃っていたという。チャーリーは、それ以上の詮索をせず、老人と世間話をして、その場をあとにした。

チャーリーは、箱車を漕ぎながら、「チャルサダ」という土地が気になった。この土地は、パキスタン北西部にあり、カイバル峠から100キロほどの位置にある。街自体は、大した街ではないのだが、問題は、1月ほど前に、そこから、何者かが衛星携帯電話を発信しているのである。

パキスタンの田舎町で、衛星携帯電話を発信する者・・・。それは、田舎に視察に来た政府高官か、タリバン・アルカイダ幹部くらいである。

チャーリーの情報を元に、セイフ・ハウスでは、1ヶ月内外で、衛星携帯電話を持ちうる、政府高官がチャルサダを訪れたかどうか調査した。結果は、そのような要人は一人もいなかった。

もう1つ気になるのが、40代半ばの小綺麗な男で、チャルサダから来た、タレクである。パキスタンでは、ある一定以上の階層の男は、口ひげ以外をキレイに剃る習慣がある。これは、タリバン・アルカイダ幹部でも同様である。

その後の監視小屋からの報告では、その屋敷に住んでいるはずのタレクが、それから、全くその姿を認めることができず、人の出入りもほとんどないという。

アボタバードの調査グループは、町外れの屋敷と、行方不明のタレクを徹底的にマークすることにした。


次回更新は、4月24日「アボタバード」です。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(4)Story(物語)

2013年04月10日

アボタバード Abbottabad 4

乞食に変装した元グリーンベレー、チャーリー・ベッカーは、通りに車が来ないことを確認すると、箱車を漕いで、ヨタヨタと通りを横切った。アボタバードの商業地帯は、非常にいびつな形をしているのだが、東の外れに軍属の官舎と、パキスタン陸軍の士官学校があった。

士官学校の近くに来ると、当然のことながら、多くの士官候補生を見ることができた。チャーリーは、アメリカ海軍士官学校があるメリーランド州のアナポリスを連想した。若い士官候補生たちとともに、士官学校の周りには、大きな屋敷がいくつもあった。これもアナポリスと同じだと、チャーリーは思った。

日本では意外に知られていないが、アメリカのアナポリスは、士官学校の所在地であるとともに、中央政界で、政争に敗れた政治家や高級官僚などが、余生を静かに送る場所でもある。そのため、大きな屋敷が多い。パキスタンでも同じなのか、アボタバードにも、かつての大物政治の大邸宅がいくつもある。

士官学校の大きな城門の前を通り過ぎるとき、スズキのSUVが士官学校の中から出てきた。荷台には、AK47を持った兵士が5、6人乗っている。明らかに士官候補生ではない。なぜなら、肩に下士官の階級章が付いているのだ。

SUVの行き先は、市場の中心部のようだった。チャーリーは、車の行き先には、関心がないようなフリをしつつ、しかし、鋭い眼光で、車のナンバーを記憶した。奴らは何者なのか・・・・

チャーリーは、箱車を再び漕ぎ出した。右手には、士官学校のコンクリートがむき出しの壁が延々と続く。左手には、大邸宅の白い壁が続く。実のところ、チャーリーがこの場所に来たのは、初めてではない。

彼は、この街を捜索する基本ルートを8つ持っており、士官学校の周辺は、そのうちの1つである。

このルートを何回かまわるうち、付近の住民から施しを受け、ついでに世間話もし、今では、どの屋敷に誰が住んでいるかも、大体把握している。

いつもは、士官学校の外周を回って、再び市場へ戻るのだが、この日は少しコースを変え、街の郊外へ出ることにした。30分ほど漕ぐと、住宅が途絶え、一面が畑になった。

小麦畑が左側に広がり、トマト、カリフラワー、そしてキャベツ畑の畝が右側に、きれいに並んでいた。そして、その先に、白い大きな建物が見えた。チャーリーは、その大きな建物まで、箱車を漕いだ。建物に近づくと、その建物の特殊性に気がついた。

建物の周りは、白い塀で囲われているのだが、異様なのは、その高さである。塀は、平均で4から5mもあり、場所によっては、7mもあった。そして、塀の上には、有刺鉄線が張り巡らされている。さらに、監視カメラも要所に取り付けられていた。

いかに家の主が用心深いといっても、アボタバードは、治安が比較的良く、ほかの大邸宅も、ここまでしていない。

さらに、不審な点は、この屋敷には、退役した高級将校の邸宅には必ずある衛星放送のアンテナもなく、そればかりか、電話線や電線すらなかった。また、アボタバードでは、3階建以上の建物の建設が禁じられているのだが、この建物は、3階建てであった。

何かの倉庫であるといえば、そうも見えなくはないのだが、それにしては、すべてが大げさすぎるのである。

チャーリーは、付近の農民に、この屋敷の持ち主を尋ねた。農夫が言うには、この建物の所有者は、アシェットとタレク兄弟であるとのことであった。

アシェットとタレク兄弟・・・。この土地の言葉を理解できない者には、変哲もない名前に思えるが、これは、「一郎と二郎の兄弟」という程度の意味である。パシトゥー語に堪能なチャーリーは、疑念が確信に変わった。

チャーリーは、農夫にいろいろ聞きたかったが、あまり、しつこく詮索すると、かえって怪しまれるため、その場を後にし、市場へ戻った。

市場に戻ると、「町外れにある屋敷には、イスラマバードの金相場で大儲けした大富豪が住んでいるらしい」、という偽情報を、あちこちで言いふらした。この狙いは、明らかに間違った情報を流せば、真実を知っているものが、訂正するはずである。それこそが本当の情報だろう。

※この手法は、日本の警察でもよく使う手である。例えば、犯人の名が「山田」であるなら、あえて、「山本」とか「山下」という、似たような名前で聞き込みをする。そうすると、犯人は、自分の近くまで捜査が及んでいることを知るが、名前が異なるため、油断と緊張を同時にし、証拠隠滅や逃走をするため行動を起こす。しかし、その行動こそが、警察の罠にかかる元なのである。

そんな、デマ情報を数日間、流していると、
「正体はわからないが、ときどき、屋敷から女性が出てきて、街の貴金属店に、宝石を売りに来る」
「2ヶ月に1回ほど、トヨタのトラックが横付けされて、荷物が運ばれる」。
などの情報が得られた。


次回更新は、4月17日「アボタバード」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(2)Story(物語)