2013年05月22日

アボタバード Abbottabad 9

チャーリーの視線の先には、琥珀色のメルセデスがあった。チャーリーの背筋を寒くさせたのは、そのメルセデスの異様さである。

パキスタンには、自動車産業がない。従って、国内には、日本車をはじめとする多くの「外車」が走っており、その中でメルセデスは、別段珍しいことではない。しかし、そのメルセデスのほとんどは、廃車寸前のポンコツばかりである。

チャーリーが目にしたメルセデスは最新のモデルであり、さらに、きれいに洗車されていた。一見して、大金持ちか政府高官が所有しているメルセデスである。

しかし、単なる大金持ちや政府高官のメルセデスなら、さほど恐ろしいものではない。問題は、スライドされて解放された窓から見えた、助手席に乗っている人物である。チャーリーには、見覚えがあった。

やがて、後部座席の男が、恭しく助手席のドアを開けると、小奇麗な軍服を着た大男が現れた。その男とは、ナセル・アブドルザラク・アブドルバクィ、かつてイラク陸軍の少佐である。ナセルは、車外に出ると、制服の乱れがないか確認し、さらにズボンの折り目も正しく付いているかさえ確かめた。

ナセル・アブドルザラク・アブドルバクィについて、簡単に解説しておく。
出身国は、アフガニスタンともイランとも言われ、よく分からない。ソ連アフガン侵攻時には、すでに義勇兵として戦っていたようである。

ソ連がアフガンから撤退時は、義勇軍の中で、中隊長レベルの指揮官になっていたようである。その後1990年ころに、アルカイダに入った。その後、アルカイダ内部で頭角を表し、アルカイダ中枢で活動するようになった。

2003年のイラク戦争の時には、どうゆう手段か不明だが、イラク陸軍に入り込み、少佐となっていた。イラク陸軍に所属していたとはいえ、実態はアルカイダのイラク地方司令官であり、アルカイダ内部でも「少佐」レベルであった。

さらに重要なことは、ナセルは、テロ実行犯のアブ・マサド・アル・ザワクイ、およびセイフ・ハジ・アルイラキィの直属の上官なのである。

この2名は、札付きのテロリストであり、今まで数々の人質事件を起こし、ほとんどの人質を惨殺している。長らく国際指名手配されていたのだが、2004年頃に一度、逮捕された。

しかし、当時のCIA長官であるポーター・ゴスは、「CIAの改革」と称し、それまでの最上級幹部を全て辞めさせ、大統領の政策に異議を唱えることを禁じる命令を出した。 これにより、CIAの職員は2005年までに総員の半数が5年以下の経験しか持たない組織になってしまった。

そのため、局員の尋問や調査能力が著しく低下し、せっかく逮捕した2名を釈放してしまうという愚挙を犯してしまった。その後、セイフ・ハジ・アルイラキィは、2006年パキスタンで逮捕され、グアテマラで処刑されたものの、アブ・マサド・アル・ザワクイは、依然として逃亡中である。

問題は、チャーリーが、この2人を尋問していることである。2人は、チャーリーがどんな質問をしても、無視するか、暴言を吐くかのいずれかであったため、よく覚えていた。

一方の2005年前後に釈放されたテロリストも、尋問したアメリカ人の顔をよく覚えていた。その記憶を元に、アメリカ人のモンタージュを作り、(当初は似顔絵程度のものであったが、最終的には、デジタルカメラの映像やCGを駆使した、かなりリアルなものになっていた)、「お礼参り」をするようになった。

当然のことならが、その「お礼参り」のリストにチャーリーもあるはずであり、さらに、彼らの上官のナセルもそのリストを見ているはずである。


やがて、ナセルは、車からチャーリーに向かって接近し、彼の目の前で立ち止まった。瞬間的に、チャーリーは、自分の本性がバレたと思った。「なんてこった・・・」。目の前が真っ暗になった。

チャーリーは、少佐を見ないようにした。目の前の鉢の中の小銭を見た。
「哀れな乞食に何かごようですか?異教徒のために不具になった乞食にお恵みを・・・」、いつもなら愛嬌たっぷりに通行人に話しかけるのだが、この時は、平坦な感情がこもっていなかった。

「お前は、アメリカ兵と戦って、このような体になってしまったのか?」。ナセルは、尋ねた。
「へい。奴らのミサイルが近くに落ちてきて、体がバラバラになりました。今は、皆様のお慈悲で生きております」。
チャーリーは、ナセルの顔も見ずに答えた。

「かわいそうに・・・。しかし、お前こそ、真のムジャヒィディンだ。誇りに思え」。そう言って、財布から1000ルピー札を取り出すと、チャーリーの鉢に入れた。そして、「オヤジ、この乞食に何か食わせてやれ」。そう言うと、屋台のオヤジにも、同じく1000ルピーを渡し、その場を去った。

メルセデスが遠くに去ると、チャーリーは、全身の力が抜けた。同時にある確信も得た。アルカイダの幹部が、VIP待遇でパキスタン国内にいる・・・。これは、パキスタン政府がアルカイダをかくまっている何よりの証拠ではないか・・・。ナセルの先には、当然、ビンラディンがいてもおかしくない。


次回更新は、6月5日「レオン・パネッタ」です。ショットショー出店のため、1回お休みします。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(0)Story(物語)

2013年05月15日

アボタバード Abbottabad 8

CIAが、衛星携帯電話の行方を懸命に追っている一方で、アボタバードの捜索グループも活動を続けていた。

乞食に変装したチャーリーは、あの日以来、怪しい屋敷には近づいていない。その代わり、CIAの工作員が、屋敷から3キロほど離れたやぶに監視ポイントを作り、そこから超望遠のデジタル双眼鏡を使って、24時間体制で監視している。

さらに偵察衛星により、屋敷上空からも監視を続けた。パキスタン上空を飛行する偵察衛星は1基しかなかったため、5時間ごとの映像しか得ることができなかったのだが、周辺を飛行する衛星のカメラの角度を変えることで、ほぼ24時間、途切れることなく、映像を撮影することができた。

チャーリーは、街の中に入ってゆき、人々の噂話や動向を観察していた。衛星や偵察チームの監視がハードな情報収集ならば、チャーリーの行っていることは、ソフトな情報収集である。

チャーリーは、箱車を漕いで移動している。それにしても、武装警察の数が多い。アボタバードには、士官学校があるため、その入学式や卒業式には、大統領をはじめとする軍首脳が一斉に集まるため、警備が厳重になることは理解できる。

しかし、今は5月で、卒業式までは、まだ日がある。チャーリーも、それとなく街の住民に、そのことを話題にしてみるが、納得がいく情報を得ることができなかった。

チャーリーには、寺院近くで喫茶店を経営しているワシームとは別に、もう1ヶ所、食べ物を恵んでくれる人がいる。車の交通量が多い、アボタバードのメインストリートで、ザムザム茶や軽食を売っている屋台のオヤジである。

「アッサラーム アレイクム(こんにちは)」。チャーリーは、完璧なウルドゥ語の発音で、オヤジに挨拶した。屋台のオヤジは、「久しぶりだな、どこに行ってた?」。全く警戒心のない態度で、コップにザムザム茶を注ぎ、チャーリーに渡した。

「足が痛むんで、しばらく橋の下で寝ていた。腹が減った。なにか食わせてくれ」。屋台のオヤジは、すぐにヒラマメのシチューを皿に盛って、チャーリーに渡した。チャーリーも遠慮なく食った。

チャーリーは、シチューを平らげると、「さて、始めるか」と、屋台の隣に座り、銭を受ける鉢を置くと、ブツブツとなにか語りだした。

チャーリーが語りだしてから、10分ほど経過すると、チャーリーの周りに人が集まり始め、彼の独り言を聴き始めた。チャーリーが語っているのは、アフガン-パキスタン国境での、ムジャヒディンたちの戦いの様子である。

その話は、戦場の滑稽な話の時もあれば、熱烈なムジャヒディンの感動的な話の場合もある。無論、すべてチャーリーの創作なのだが、人々は、その話を熱心に聞いている。

チャーリーは、アメリカと戦うムジャヒディンたちの勇姿を語ることで人々から銭を得ていた。ちょうど、琵琶法師が平家物語を語るようなものである。チャーリーが、ジハードで負傷し、人にすがって生きてゆくしかない乞食であることも、人々の同情を誘った。

屋台のオヤジが乞食のチャーリーに寛大なのは、彼の話を聞きに来る人々が、屋台でザムザム茶や軽食を買ってくれるからである。

今回の座談も大盛況であった。人々はチャーリーの前に置かれた鉢に、小銭を入れてゆく。鉢は、すぐに銭で一杯になった。
人々が去ったあとで、「今日も大儲けだな」。オヤジが声をかけると、「あんたも儲けただろ」、とチャーリーは返した。

箱車に乗り、「また来るよ」。チャーリーがオヤジに告げたときである。
鋭い殺気を帯びた視線を感じた。恐る恐る、その視線の先を見たとき、チャーリーの背中に冷たいものが流れた。


次回更新は、5月22日「アボタバード」です。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(0)Story(物語)

2013年05月08日

アボタバード Abbottabad 7

数ヶ月が過ぎた。パキスタンの捜索拠点だけでなく、全世界の拠点でも、アルカイダやビンラディンに関する有力な情報や動向が掴めなくなった。

「泳がせ」ている携帯電話からは、相変わらず、冗長な会話が交わされているが、ビンラディンに関する直接的な情報はもとより、隠語や暗号らしきものも出てこない。

ビンラディンが姿を消してから10年近く経過している。CIAの中には、死亡説まで唱える者もいた。これには根拠がある。ビンラディンがトラボラから姿を消したとき、糖尿病を患っていたという情報があり、逃亡生活では、ろくな治療も受けられず死んでしまったのだろう、という予想である。

しかし、依然としてアルカイダ直系組織の活動は活発で、それらの資金や命令が、いったい誰から出ているのかという疑問があった。

CIAの捜索メンバー全員が、捜査に疲れ、ダレてきたときである。例の不明な衛星携帯電話からの発信が頻繁に行われるようになった。捜索グループは、総力を挙げて、この携帯電話のIDを追跡した。

しかし、再び不可解な事態が発生した。それは、この携帯電話の発信地域が頻繁に変わるのだ。その変わり方も非常に大きく、ある日、パキスタン国内から発信されたかと思うと、しばらくして、サウジアラビアから発信され、その5日後には、トルコで発信される。

なぜ、このように、中東地域のあちこちで発信されるのか?CIAも全く理由がわからなかった。再び、単なる中東の商社のビジネスマンの携帯電話ではないのかという疑念が浮かび上がってきた。

しかし、今度はCIAに抜かりがなかった。スイス・コム社に圧力をかけ、その通話内容を傍受することができた。

現在の携帯電話は、「電波を拾う」やり方では傍受できないが、音声をデジタル信号化するため、いったん、その携帯電話会社のサーバーにデータとして記録される。そのため、サーバーさえ押さえてしまえば、いくらでも傍受できる。

通話内容を傍受して、いよいよ問題の確信に迫れるかと期待したCIAであるが、その通話内容は、彼らを落胆させるに十分な、つまらない内容であった。まさに、ビジネスマンの業務電話であったのだ。

だが、1つ気になることがあった。この電話の主は、必ず「アル・マス」という言葉を主語に使っていた。アル・マスとは、アラビア語でダイアモンドという意味である。当初は宝石商かと思われたが、会話には、ダイアモンド以外の鉱石の名前が全くなく、また、アル・マスが何かの行動主体のような表現が頻繁に出てくる。

この携帯電話の過去ログを調べてみると、2005年に、ロンドンへの通話が集中していることがわかった。そこで、イギリスのMI6へこの携帯電話のIDを照会すると、驚くべきことがわかった。

なんと、2005年7月に発生したロンドン同時多発テロの首謀者が、頻繁に連絡をとっていた携帯電話のIDと一致したのである。イギリスMI6は、テロ首謀者を尋問して、その主を探ろうとしたが、首謀者は、何者かを知らず、ただ、資金的に苦しくなったときだけ、「金が欲しい」とだけ伝えると、数日後、アジトのポストに札束が入った封筒が放り込まれていたらしい。

CIAは、この電話の主が、アルカイダの相当な幹部であることを確信した。


次回更新は、5月15日「アボタバード」です。
ご意見・ご感想をお待ちしております。最近、話が単調で申し訳ないです・・・・。
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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(2)Story(物語)