2012年12月19日

死に値すべきもの The worth dying for 10

戦場とは不思議な空間である。そこには、武器を持った人間しかいないはずなのだが、しかし、人間以外のなにかがある。それは勝利の女神なのか、死の悪魔なのか。
成功と失敗、勝利と敗北、そして、生と死。何がきっかけで、どんなタイミングでこれらが決まるのだろうか。

「ジェラーユ ヴァーム ウダーチ !!」
囮作戦をはじめるに時に、アシモフ大佐が叫んだ言葉が、ロニーの頭の片隅で振動していた。RPG-7の超至近弾を喰らい、意識が飛んだあとでも、その言葉は響いていた。どんな意味なのか。

頭上、斜め45度くらいから、CH46の鈍いローター音とともに、M240Bの激しい咆哮が聞こえた。曳光弾が、馬賊たちが潜んでいると思われる岩場や窪地に向けて、降り注いでいるのが見えた。

CH46のパイロット、グレック大尉もガナーのマルティネス軍曹も、ナイトビジョンを装着している。上空から、馬賊どもの動きは手に取るようにわかった。ヘリの胴体に、M240Bの発射振動が響く。同じ間隔で、突然の上空からの機銃掃射に慌てふためいて逃げる馬賊どもの背に、M240Bの7.62mm弾が容赦なく突き刺さる。

馬賊の中には、曳光弾の発射元へ向け、反撃を試みる者もいたが、ヘリコプター2機による十字掃射の前に、1発も撃つことなくなぎ倒された。馬賊どもも、このような逆転劇が起こるなど、夢にも思わなかっただろう。

やがて、馬賊どもにも退却命令が出たのか、潮が引くように、タリン・コットの街から遠ざかってゆくのが上空からはっきりと認められた。
「OK。敵は退却した。これより着陸態勢に入る。着地ポイントに誘導願う」。グレック大尉は、CCTのアレックスに通信した。

囮狙撃手のロニーも、上空からの機銃掃射により、馬賊どもが去ってゆく様子が感じ取れた。
「やっと終わった」。思わず、つぶやいた。

掃射が終わったことを確認して、ロニーは、再びアレックス・アシモフと合流しようと、潜んでいた廃屋をでて、通りを歩き出した。頭上には、バラバラとCH46のローター音が響いている。着陸態勢に入ったのか、目印の緑色の戦術灯が点滅しているのが見えた。

「来んのが遅ぇんだよ」。
ロニーは、つぶやき、アシモフから預かったドラグノフを、緑色の戦術灯に向けてかまえた。スコープの中央に、緑の戦術灯を捉えた。こちらからはそれ以外、何も見えない。ロニーは何も考えていなかった。戦闘が終わった安堵感が心の中を占領していた。

CH46の機内は、緊張の中にいた。理由は言うまでもなく、副パイロットのシュワイン少尉が戦死するほどの決死の低空飛行を敢行し、そして今、ヘリコプターにとって、最も緊張する瞬間である、着陸態勢に入っていた。パイロットのグレック大尉はもとより、周囲の警戒にあたるマルティネス軍曹も緊張の上限にいた。

どのような表現が適当なのだろうか。現象としては、地上のロニーと、上空のマルティネスは、スコープ越しに、「目が合った」状態になった。すぐに反応したのは、マルティネスである。
「着陸地点付近に、敵スナイパー!ファイア!」。CH46の機内に、再び振動と薬莢が飛び散る音が響く。

ロニーは、スコープの中で、一瞬、キラッと瞬くものがあったかと思うと、次には、ぎゅーん、ぎゅーんという、真空音とともに、オレンジの火が、まるで火箭のように向かってくるのが見えた。スコープから目を外すと、暗闇の中で足元をパン、パン、パンと、何かが弾ける音がした。

ロニーには、本能的に何が起こっているのかがわかった。敵と間違われて撃たれているのである。敵ではないことを示すため、すぐさま、ドラグノフを背に回し、両手を大きく振った。しかし、ロニーの傍らから勝利の女神が去り、その代わり、死の悪魔がロニーの肩にそっと手を置いた。

「野郎、ふざけやがって」。ナイトビジョンを装備しているマルティネスの、そのライムグリーンの視界の中には、米軍の3カラーのBDUも、ニューヨークヤンキースのキャップも見えなかった。見えたのは、ドラグノフの独特のシエルエットだけである。

CH46のクルーには、タリバンが挑発しているようにしか見えなかった。
「全ガナー、撃て」。
部隊長のグレック大尉も命令する。4本の火箭が1点に集中する。

「ヤバイっ」。ロニーも焦った。とにかく身を隠すことにした。しかし、すぐに身を隠せる間口が空いている建物がなかった。暗闇を走って入口を探す。5メートルほど向こうに、ポッカリと口を開けているような間口があった。

その間口へ向けて走り出した時、左足首をひねった感覚がした。しかしそれだけでなく、その場に転んでしまった。立ち上がり、再び走り出そうとしたが左足に力が入らない。

力が入らないのではなかった。力をいれると、左足全体に激痛が走った。足も見ると、スニーカーのつま先が見当違いの方向を向いていた。7.62mm弾が、ロニーの左足首を粉砕していたのである。

這いつくばいながらも進み、なんとか間口までたどり着いた。そのまま建物に入ろうとしたが、できなかった。背に回したアシモフのドラグノフのバレルが、壁に引っかかって、ロニーの侵入を阻止していた。

ドラグノフを捨てようと格闘しているロニーに、悪魔が忍び寄り、むんずと、ロニーのBDUの襟首を掴んだ。上空から繰り出された銃弾の1発が、ロニーの背中の中心に命中した。

「ジェラーユ ヴァーム ウダーチ !!」
ロニーは、結局、アシモフの言葉の意味が分からぬまま、目の前が真っ暗になり、それからの記憶が消えた。


次回更新は、12月26日「死に値すべきもの」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 07:00 │Comments(2)Story(物語)

この記事へのコメント
こういった手痛い犠牲からIFF機器が発展していったんですね・・・。
Posted by SheepdogSheepdog at 2012年12月22日 13:36
Sheepdog さま

コメントありがとうございます。
アフガン戦初期は、かなりの空爆が行われましたが、誤爆・誤射も相当数あり、実際の戦闘の戦死者より、誤爆・誤射の戦死者の方が多かったのでは?という人もいます。

しかし、米軍のすごいところは、IFF機器など次々と対応策を考案しているところですね。
Posted by 友清仁友清仁 at 2012年12月23日 11:25
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