2009年10月21日

トミー・フランクス Tommy Franks

アフガニスタン、さらに後のイラク戦を指導した、中央作戦軍司令官トミーフランクスは、他の将官とは異なり、一兵卒から大将にまで上り詰めた人物である。

彼は、オクラホマ州トミー・レイ・ベントリーで生まれた。その後、家族の稼業のため、テキサス州へ移り、テキサス大学に進んだ。しかし成績不良で2年で中退してしまった。

ベトナム戦争が始まった1965年に陸軍に入る。基礎訓練を終えたのち、大学中退者であるため、フォートデヴェンズ(マサチューセッツ州)で暗号の作成解読分析官の課程へ進み、同課程を修了する。
その後、陸軍砲兵およびミサイル士官学校に進み、1967年に少尉に任官する。少尉任官と同時にベトナムへ派遣され、第9歩兵師団の前線の砲兵部隊の副官を務めた。このときは、忠実に任務をこなす少尉として評価が高かったようである。

1968年にベトナムから帰還し、高射砲課程に進む。翌年、陸軍の大学中退者のための学位取得キャンペーンにより、テキサス大学へ戻り卒業する。再び軍に戻った彼は、上級砲兵課程に進み、1973年に西ドイツにわたり、第2機構連隊第1砲兵大隊副官となった。

陸軍幕僚大学へ進み、1976年に軍監査部長官となり国防総省で勤務した。
1977年には陸軍の議会対策委員となり、陸軍の予算獲得のための議会対策に奔走した。
1981年に再び西ドイツへ戻り、第78野砲連隊第2大隊の司令官となった。1984年、陸軍大学へ進み、師団長過程を受、1987年に第1騎兵師団参謀長となる。

1992年、第1騎兵師団師団長として湾岸戦争に参加する。戦後は韓国に渡り、在韓米軍第2歩兵師団師団長を経て、1997年、大将に進級し、中央作戦軍司令官となる。



次回更新は、10月28日 「アフガンの特殊部隊」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 06:51 │Comments(2)knowledge base(基礎知識)

この記事へのコメント
おはようございます。
トミーフランクスは、第二次湾岸戦争の立役者。
特にイラク戦争では総指揮官として腕を振るったんですね。

元々クリントン政権時代の将軍として有名だったので、クリントンの将軍と呼ばれ、ブッシュ大統領に代わった際に、ブッシュにも認められるために、積極的に作戦行動を行ったと言われています。
一世代を代表した人物だと言えますね、。
戦争を起こしたと言うことは別として、生き方としては尊敬できます。
Posted by BLUES at 2009年10月21日 10:06
BLUES さま

フランクス大将がクリントン政権時代から注目されていたとは知りませんでした。

今回、アフガン戦を取材する中で、活動した部隊のほとんどが特殊部隊であるため、司令官や隊長の名前が分からず苦労しています。最高司令官であるフランクス大将ですら、あまり情報がないので大変でした。

以後は、基礎知識を踏まえつつ、特殊部隊がどのように戦ったのかを綴って行きたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。
Posted by 友清仁友清仁 at 2009年10月21日 16:11
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