2013年06月19日
CIA長官 レオン・パネッタ Leon Panetta 2
その若い女性の声-バグラム空軍基地では全滅多に聞くことのない-に、その場の全員の視線が集まった。声の主のメアリー・ヤングは、アフガンという土地で、髪の手入れができないのか、長い髪を後ろに束ねていた。そのため、顔の輪郭がはっきりと見え、ほっそりとした顔で、美人の部類に入る顔立ちだ。
「ビンラディンの捜索は、どこまで進んでいるのでしょうか」。
ありきたりの質問だが、その場の記者は、それを聞きたくて集まっているのである。しかし、トップシークレット扱いのため、このような定例記者会見で発表されることも、質問されることもない。
それくらい、当たり前の内容なのだ。しかし、メアリーは真剣に質問している。おそらく、ワシントン・ポストに所属して、初めての海外特派員の仕事なのだろう。その姿は、初々しく見えた。
アフガンで定例記者会見を行うようになって、初めての質問であり、その質問の主が美人ときている。コリンズ大尉の胸は高鳴った。
「その件につきましては、なにぶん、トップシークレットに属することでして、詳しくお答えすることができません。しかし・・・」
そう言って、コリンズ大尉は、背後にあるアフガニスタンの地図を振り返った。
「すでにご存知のとおり、ビンラディン一味は、カブールを脱出したあと、トラボラの山岳地帯へ逃げ込みました。そこで、特殊部隊と空爆により、ビンラディンを追い詰めましたが、その後の行方は分かっていません」。
コリンズは、地図上のトラボラのあたりで、指でぐるっと円を描いた。
「その後、どこに行ったのか・・・・・。ロシアに逃げたとか、イランに亡命したとか、東南アジアのイスラム勢力の保護を受けているとか・・・・・。いろいろな説が飛び交っているね」。
コリンズは、美人のメアリーの前に、頬が緩んでいる。まるで恋人に話しかけるような口調になってしまった。
「でも、一番可能性があるのは、パキスタンの田舎に潜伏してるんじゃないかな?例えば、この辺の、アボ・・・アボタ・・・、ん?読みにくい地名だね・・・。アボタバードなんてところがあやしいね」。
コリンズは、地図上の、アボタバードを指して言った。
もちろん、コリンズ大尉程度の末端の報道官に、現在CIAが行っている秘密作戦の内容が伝えられているわけではない。コリンズは、適当に地名を言っただけである。
その場の、メアリー以外の記者たちは、コリンズが適当に答えていることを十分に承知している。つまらんことを聞くなと言わんばかりの、半ば嘲笑に似た、ざわつきが記者会見場に溢れた。
しかし、メアリーは、いたって真面目である。真面目であるがゆえに、コリンズ大尉の対応や、その場の雰囲気に、自分がバカにされていることに気がつき、腹が立ち、顔を赤くした。
「それでは、アメリカ軍としては、ビンラディンは、パキスタンのアボタバードに潜伏していると考えていると、そのように記事にしても良いですねっ」。
メアリーの声は、ほとんど泣き声であった。しかし、毅然と振舞うことが、新米記者として馬鹿にされたことに対する、せめてもの抵抗だと思い、発言を終えると、すぐに記者会見場から去った。
メアリーが消えると、その場は、嘲笑に包まれ、そこでテレビ中継が切れた。おそらくテレビを見ていたほとんどの者が、軍報道官が、新米記者を適当にあしらった程度にしか写らなかっただろう。しかし、これを深刻に見ていた人物がいる。CIA長官、レオン・パネッタである。
CNNは、全世界に放送されている。アメリカ人だけでなく、イギリス人もアフリカ人も、衛星設備さえあれば視聴できる。当然、その中には、中東諸国の人々も含まれている。その中東諸国の人々の中に、ビンラディンはかなりの確率でいて、この放送を見ている可能性は高い。
「なんてことだ。万が一、奴がこの放送を見ていたら、パキスタン国内にいる奴は、たとえアボタバードにいなくても、必ず潜伏場所を変えるはずだ。せっかく掴みかけた小さな手がかりまで失うことになる・・」。
パネッタは、手にしていたテレビのリモコンを投げつけたいほどの怒りを覚えた。
すぐに、事務机にあるホットラインの受話器を取った。ワンコールで副官が出た。
「今のCNNの放送を、絶対に再放送させるな。あと、メアリー・ヤングとかいう、女性記者もアフガンから帰国させ、たとえ、3行記事であっても、絶対に記事にしないようにワシントン・ポストに圧力をかけろ。どんな手を使っても構わない」。
パネッタの声は、怒りに震えていた。
そして、受話器を置こうとした瞬間、再び、受話器を構え、冷たく言い放った。
「あの、報道官のコリンズ大尉を、今すぐアラスカのレーダー基地へ飛ばせ。着替えや防寒着は後から送ってやればいい」。
次回更新は、6月26日「レオン・パネッタ」です。
ご意見・ご感想をお待ちしております。
------------------------------------------------------------------------------------------
同人誌も発行しております。こちらもどうぞ。同人誌書店COMIC ZIN通販ページと 虎の穴通販ページに飛びます。(購入には会員登録が必要です。)





私の訳書(共訳・監修)です。よろしかったらお読みください。
画像クリックでamazonへ飛びます。





「ビンラディンの捜索は、どこまで進んでいるのでしょうか」。
ありきたりの質問だが、その場の記者は、それを聞きたくて集まっているのである。しかし、トップシークレット扱いのため、このような定例記者会見で発表されることも、質問されることもない。
それくらい、当たり前の内容なのだ。しかし、メアリーは真剣に質問している。おそらく、ワシントン・ポストに所属して、初めての海外特派員の仕事なのだろう。その姿は、初々しく見えた。
アフガンで定例記者会見を行うようになって、初めての質問であり、その質問の主が美人ときている。コリンズ大尉の胸は高鳴った。
「その件につきましては、なにぶん、トップシークレットに属することでして、詳しくお答えすることができません。しかし・・・」
そう言って、コリンズ大尉は、背後にあるアフガニスタンの地図を振り返った。
「すでにご存知のとおり、ビンラディン一味は、カブールを脱出したあと、トラボラの山岳地帯へ逃げ込みました。そこで、特殊部隊と空爆により、ビンラディンを追い詰めましたが、その後の行方は分かっていません」。
コリンズは、地図上のトラボラのあたりで、指でぐるっと円を描いた。
「その後、どこに行ったのか・・・・・。ロシアに逃げたとか、イランに亡命したとか、東南アジアのイスラム勢力の保護を受けているとか・・・・・。いろいろな説が飛び交っているね」。
コリンズは、美人のメアリーの前に、頬が緩んでいる。まるで恋人に話しかけるような口調になってしまった。
「でも、一番可能性があるのは、パキスタンの田舎に潜伏してるんじゃないかな?例えば、この辺の、アボ・・・アボタ・・・、ん?読みにくい地名だね・・・。アボタバードなんてところがあやしいね」。
コリンズは、地図上の、アボタバードを指して言った。
もちろん、コリンズ大尉程度の末端の報道官に、現在CIAが行っている秘密作戦の内容が伝えられているわけではない。コリンズは、適当に地名を言っただけである。
その場の、メアリー以外の記者たちは、コリンズが適当に答えていることを十分に承知している。つまらんことを聞くなと言わんばかりの、半ば嘲笑に似た、ざわつきが記者会見場に溢れた。
しかし、メアリーは、いたって真面目である。真面目であるがゆえに、コリンズ大尉の対応や、その場の雰囲気に、自分がバカにされていることに気がつき、腹が立ち、顔を赤くした。
「それでは、アメリカ軍としては、ビンラディンは、パキスタンのアボタバードに潜伏していると考えていると、そのように記事にしても良いですねっ」。
メアリーの声は、ほとんど泣き声であった。しかし、毅然と振舞うことが、新米記者として馬鹿にされたことに対する、せめてもの抵抗だと思い、発言を終えると、すぐに記者会見場から去った。
メアリーが消えると、その場は、嘲笑に包まれ、そこでテレビ中継が切れた。おそらくテレビを見ていたほとんどの者が、軍報道官が、新米記者を適当にあしらった程度にしか写らなかっただろう。しかし、これを深刻に見ていた人物がいる。CIA長官、レオン・パネッタである。
CNNは、全世界に放送されている。アメリカ人だけでなく、イギリス人もアフリカ人も、衛星設備さえあれば視聴できる。当然、その中には、中東諸国の人々も含まれている。その中東諸国の人々の中に、ビンラディンはかなりの確率でいて、この放送を見ている可能性は高い。
「なんてことだ。万が一、奴がこの放送を見ていたら、パキスタン国内にいる奴は、たとえアボタバードにいなくても、必ず潜伏場所を変えるはずだ。せっかく掴みかけた小さな手がかりまで失うことになる・・」。
パネッタは、手にしていたテレビのリモコンを投げつけたいほどの怒りを覚えた。
すぐに、事務机にあるホットラインの受話器を取った。ワンコールで副官が出た。
「今のCNNの放送を、絶対に再放送させるな。あと、メアリー・ヤングとかいう、女性記者もアフガンから帰国させ、たとえ、3行記事であっても、絶対に記事にしないようにワシントン・ポストに圧力をかけろ。どんな手を使っても構わない」。
パネッタの声は、怒りに震えていた。
そして、受話器を置こうとした瞬間、再び、受話器を構え、冷たく言い放った。
「あの、報道官のコリンズ大尉を、今すぐアラスカのレーダー基地へ飛ばせ。着替えや防寒着は後から送ってやればいい」。
次回更新は、6月26日「レオン・パネッタ」です。
ご意見・ご感想をお待ちしております。
------------------------------------------------------------------------------------------
同人誌も発行しております。こちらもどうぞ。同人誌書店COMIC ZIN通販ページと 虎の穴通販ページに飛びます。(購入には会員登録が必要です。)
私の訳書(共訳・監修)です。よろしかったらお読みください。
画像クリックでamazonへ飛びます。





