2012年10月03日

セクショナリズム6 Sectionalism 6

「ケアンズ少佐。カブールのマルホールドランド大佐から無電が入っています。大佐は、直接、話したいそうです」。
ODB570の通信兵のリー軍曹は、自分のインカムをはずすと、ケアンズに渡した。

「ODA574のマルホールドランドだ。状況はわかっていると思う。単刀直入に言う。君の統率下にあるCH46、2機を至急、タリン・コットに派遣してくれ」。

ケアンズは、マルホールドランドの言っている意味も十分に理解できるが、その一方で、マルホールドランドのやっていることは、軍隊組織ではあるまじき行為、つまり、指揮命令権の破壊であることも瞬時に分かった。

「大佐のおっしゃることには無理があります。私は現在、海兵隊マティ将軍の指揮下にあり、マティ将軍の命令でない限り、部隊を動かすことができません」。ケアンズは答えた。

するとすぐに、マルホールドランドは、
「これは命令ではない。あくまでも、「依頼」だ。軍隊内で、物資や要員を融通しあうことはよくあることだ。あまり深刻に考えなくていい」。

「しかし・・・」。ケアンズは言った。
軍人としてのケアンズの考えは、直ちに指揮下のヘリをタリン・コットに向かわせることが正しいと思っている。しかし、軍事官僚として、彼の心を拘束している。

マルホールドランドの言うことは、つまり、マルホールドランドの個人的な依頼を、ケアンズの責任においてやってくれと言っているようなものであり、それを実行した場合、形式的には、よくある物資要員の融通であっても、実質的には、マティ将軍の命令に背くことであり、マティは烈火のごとく怒り、ケアンズを抗命罪で軍法会議にかけるだろう。

軍法会議というものは、軍隊内の裁判機構である。有罪となれば不名誉除隊となり、無罪となっても、その軍人の経歴に大きな傷がつく。

(不名誉除隊とは、日本で言うところの懲戒免職に相当するが、その重さは、それ以上である。例えば、再就職する際には、必ず履歴書にその旨を書かねばならず、軍人OBが会社経営者であることが多いアメリカでは、よほどのことがない限り、雇用されない。その結果、有罪判決を受けた多くが犯罪組織に吸い込まれてゆく)

長年、人事畑にいたマルホールドランドは、ケアンズの心配をすぐに察し、
「君の心配はわかる。そうならないように、私が手配りする」。

軍法会議は、通常の裁判のように起訴状を提出すれば、すぐに開かれるものではなく、開廷が必要かどうか、上官の裁可が必要となる。マティ将軍が開廷を要請した場合、裁可するのはフランクス大将である。マルホールランドは、この申請が却下されるように、フランクスを説得する自信があった。

ケアンズは、沈黙している。彼は、軍隊内の出世には全く興味がないが、自分の能力が発揮できない部署への移動だけは避けたかった。

軍法会議を避けることができても、その手前の査問委員会は避けられないだろう。査問委員会では、状況はなんであれ、「抗命」という事実は曲げられず、ケアンズは閑職に追いやられることは必定である。

「君の心配はわかる。そうならないように、私が手配りする」。マルホールドランドは、再び言った。

査問委員会についても、マルホールドランドには自信があった。確かに委員会は、事件の内容を調査し、処分が必要かどうか決定する。しかし、査問委員会が行うのは、あくまで調査と決定だけで、具体的な処分内容までは決めない。

処分内容を決めるのは、国防省内の人事部門である。だからこそ、長年、人事畑にいたマルホールドランドには、かつての部下やコネクションが豊富にあり、処分が軽くなるように手を回すことは十分に可能であった。

「ケアンズ君、君の上官であるマティは、冷静な判断ができない状態だ。上官の過ちを糺すのも部下の役目だ。頼む。ヘリを飛ばしてくれ」。最後には、マルホールドランドも懇願した。

ケアンズは、大きく深呼吸し、覚悟を決めた。しかし、最低限の手続きは踏まねばならない。
「大佐、5分、時間をください」。ケアンズは無線を切ると、インカムをリー曹長に渡した。


次回更新は、10月10日「死に値すべきもの」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 07:00 │Comments(0)Story(物語)

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