2013年03月13日

アボタバード Abbottabad

パキスタン北部の、あるモスクの前に、一人の乞食が座っている。両足が膝から下がない。左手の指も親指以外は、4本失われている。頭はボサボサで、垢にまみれたボロボロの戦闘服を着ている。

「私は、アフガニスタンでアメリカ軍と戦い、このような体になりました。もはや自分一人では、生きて行けません。これからイスラマバードの縁者のもとへ行き、彼らにすがって生きてゆきたいと思います。私を憐れに思うなら、そこまでの旅費を、わずかでも浄財をお願いいたします・・・」。

見るからに汚らわしい乞食だが、笑うとひどく愛嬌のある顔になる。情けを訴える場合、人は惨めな表情になるのだが、この乞食は、それを楽しんでいるようで、絶えず笑顔だった。その愛嬌のある笑顔に、多くの人が、乞食の前に置かれた鉢に小銭を入れてゆく。

乞食は、モスクが礼拝を開始する前から門の前に居座り、人々の情けを受けていた。鉢の中の小銭がある程度、溜まってくると、それを懐に隠し、再び文言を繰り返す。鉢の中に金がたくさんあると、金を恵んでくれる人が極端に減るためである。そんなことを2~3回繰り返し、時間は昼前になった。

足のない乞食は、どこで手に入れたかわからない、ボロボロの木製の箱車に乗り、木の枝を、ちょうど、船の櫂(かい)のように器用に使って進み、その場を去った。

乞食の向かった先は、モスクの近くにある、礼拝者を相手にしている小さな喫茶店であった。店の前に着くと、いつものように、店外のオープン席に座り、「おはよう」と、汚い前歯をむき出しにして、顔をくちゃくちゃにして、店主のワシームに挨拶した。

店主のワシームは、「やぁ、また来たな。おはよう」。と挨拶を返した。
彼は、乞食が現れると、昼だろうが夜だろうが、気前よく、甘いお茶と、はちみつがたっぷりかかった練り菓子を出してやる。

ワシームは、禿げかかった頭をこすりながら、うまそうに練り菓子を食べている乞食を見た。彼は、この乞食を、真のムジャヒィディンなのだろうと思い、尊敬している。

乞食は、ちょうど1ヶ月前にアボタバードにやってきた。腹が減っているので、なにか恵んで欲しいと座り込んでいた。

はじめは、汚い乞食にまとわりつかれては、喫茶店の営業に支障が出るので、追っ払おうと思ったが、よくよく話を聞いてみると、乞食は、アフガンの義勇兵募集に応じ、国境近くのワジリスタンでアメリカ軍と戦っていたのだが、あるとき、無人偵察機から放たれたミサイルに吹き飛ばされ、このような体になってしまったという。

ウルドゥ語訛りから、ワシームは、この乞食の故郷は、北の方、アフガンとの国境近くの嶮岨な山の中だろうと思った。現在のパキスタン政府の大統領をはじめ政府要人のほとんどが、アメリカのドル札の鼻薬を嗅がされ、アメリカの手先に成り下がっているのにくらべ、この乞食はなんと健気なことか。

以来、ワシームは、この乞食を応援する気になった。イスラマバードの縁者のもとへ行く途中だという。さほど遠くない。乞食は、この先、人々の情けによる浄財やスリや万引きなどをしながら、イスラマバードへ到着するだろう。

「うまいか?」。ワシームは、必ず乞食に尋ねる。
「ああ、うまい。これを食うと生きていることを感謝したくなる。ワシームよ。神の加護あれ」。
乞食は、既に聖戦士気取りである。

乞食は、練り菓子の最後の1口を放り込むと、甘いお茶をすすった。ワシームも他に客がいないため、一緒に茶を飲んだ。乞食に近づくと、茶の香りがしなくなるほど、乞食の体臭がひどかったが・・・・

「そういえば、最近、この街でやたらと軍人を見かけるな」。乞食は、世間話のように切り出した。
「そうだ。近くにパキスタン軍の学校がある。軍のお偉いさんたちがときどき来る。しかし、最近は、お前さんがいうように多いな」。ワシームも同意した。

「その学校とやらとは、どこにあるんだい?」。乞食は尋ねた。
「イクバル市場を抜けた先だ。行くのかい?そんなとこでウロウロしてたら、門番に蹴り殺されるぞ」。
「人の集まるところに行って、お慈悲をもらうのが乞食の商売だ。乞食は命以外に失うものがない」。

乞食は、もう1度、練り菓子とお茶の礼を言い、箱車に乗ると市場に向けて漕ぎ出した。


次回更新は、3月20日「アボタバード」です。お楽しみに。
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Posted by 友清仁  at 07:00 │Comments(0)Story(物語)

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